僕らが生まれるずっと前、人類の一員の誰かが、月面に降り立ったという。

それは僕らにとって、おとぎ話と大して変わらない物語だ。


人類が宇宙に進出しようという動きが実際にあったのは確かだ。
小型飛行機くらいの大きさのロケットやシャトルを打ち上げて、月の裏側を見てきたり、
地球を回る軌道上に宇宙ステーションを作ったりしたという記録は残っている。
次は火星へ行こうという計画も進んでいたらしい。

悲劇は突然やって来た。
宇宙での実験飛行を終えて地球に帰還しようとしたシャトルが突然炎上し、墜落した。
技術者達はそれまで以上に慎重になって、安全な航行を実現しようとしたらしいけど、
彼らが焦れば焦るほど、事態は悪くなっていった。
老朽化したシャトルは次々に不具合を起こし、墜落こそしなかったものの
次に飛んだらまず間違いなく……と誰もが思うほどにボロボロになっていった。

そうこうしている間に、今度は地球の引力に少しずつ引き寄せられていた宇宙ステーションが
その形を残したまま地球に落ちてきた。
それは大きな金属の塊となり、いくつもの破片に分裂して、燃えながら地上に降り注いだ。

真っ赤に輝く流れ星は、災いの前兆でもなければ、遠い宇宙からの訪問者でもない。

それは科学技術を手にした人間の思い上がりが作った物だった。
地球全土を制した気になって、この調子で宇宙進出、なんて声高らかに叫んだ人間達の。


かつて神は、天まで届く高い塔を作ろうとした人間達の傲慢を戒める為に、
彼らの言葉をそれぞれ違ったものに変えてしまったという。
それでも彼らは意志を通じ合わせる方法をなんとか見つけ出し、ここまで来た。
今度は何を取り去られたのだろうか?


墜落した破片があちこちの大陸に雨のように降り注いだ、悪夢のような日。
それ以来、人類は宇宙に行くことを諦めてしまった。
一部の人は懲りずに研究を続けているという話もあるけど、少なくとも援助をしている政府はない。

空は……宇宙はまた、僕ら人類にとって遠い存在になった。

見上げると、紫色の空にひときわ明るくはっきりと、ひとつの星が輝いていた。
月、火星、金星、太陽にさえも行けると、昔の人達は本気で考えていたんだろう。
空気のない星や極寒の星や灼熱の星に行って、何をするつもりだったのか。
幾ら語っても、今やそれは夢物語でしかない。

ちっぽけな地球に留まることを決めた人類は、それはそれで忙しい日々を送っている。
何かを作ろうとしたり、誰かを愛そうとしたり、逆に憎みあったり。
ちっぽけな生物にとって、広大な地球を舞台にやれることはまだまだたくさんあるのだから。


月を目指すかつての一大プロジェクトは、「アポロ計画」と呼ばれていた。
アポロは太陽の神。
様々な怪物を倒せる弓の名手でありながら、女にはよく振られていたという。
宇宙に裏切られた僕ら人間は、一体どこへ行こうとしているのだろうか?


短編というか、口語自由詩というか。
このシリーズを書いているときの作風には割とそういうのが多かった。