おためし料理教室  (2007/4/15)


 「どんな場面にも商売のチャンスは潜んでいるものなんですよ」

 リスタが偉そうなことを言うのは決まって、そのチャンスを目の前にした時だ。
 僕らは遠巻きに自分たちのトレーナーの様子を見守り、ついでに商売人根性を具現化した炎を幻視していた。管理人(オーナー)の威厳とはまたひと味違う、滅多に見られない現象だった。

 シンオウ地方はヨスガシティのど真ん中。
 「ポフィン料理ハウス」なる看板を掲げたこの建物までリスタとオマケ数匹を運ぶのが、リザードンになった僕のある意味初仕事になった。
 といっても、カントーにある“本店”からここまでずーっと飛んできたわけじゃない。例の統轄本部が作ったワープゲートらしき装置で行程の大部分はショートカット、飛行距離はハクタイからヨスガまでのそれに等しい。電波に乗せた転送は僕らポケモンにとってはそんなに珍しいことじゃないけど、同じことを人間(+人ですらない何か)にまで適用してしまうところが凄いとつくづく思う。オーバーテクノロジーもいいとこだよ。
 話を本題に戻すと、ここへ来た理由は1つ。シンオウ地方で流行っているというポケモンのお菓子、ポフィンの作り方を習うためだ。いけそうなら材料と道具の入手経路を調べてまとめて仕入れて自分の店で売るつもりなんだろう。
 何でそんなことを急に思いついたのか。少なくとも僕は知らない。

「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。では早速始めましょう。……あ、もし良かったら、旦那様もご一緒にいかがですか?」
「……え?」
「道具なら十分な数を用意していますから大丈夫ですよ」
「………………」

 先生が期待の眼差しを向ける先にいるのは、他に表情がないのか普段通りの不機嫌面をしている堕天使様。
 ある事件以来、S氏は絶対にリスタを一人で歩かせないようにしていた。ポケモンだけだといざという時ボールに戻されて役に立たないという理由で、普段はアルが秘書役も兼ねて付き添っている。そのアルが今日に限って別の用事を頼まれたものだから、仕方なく自分がついてきたというわけだ。
 大まかな話を聞くリスタの後ろで暇そうに壁の絵など眺めているその姿は、先生の目にどう映ったんだろう。

「……ぶっ」

 隣でナイツが吹いた。
 耐えきれなかったんだね。気持ちは分かる、でもバレバレだよご愁傷様。ほら見て睨んでる。報復は家に帰ってからかな、せめて元気のかけらは用意しとくから頑張って生き抜けよ。
 僕は可哀想なヤミラミに心の中で合掌してから、ちょっとだけ首を伸ばした。

 何かを言って一旦奥へ引っ込んだ先生が、エプロンをもう1枚持って戻ってくる。

「まあ、いいじゃないですか、折角ですし。一人では覚えきれないかもしれなくて不安だったんですよ」
「……それは、実習に付き合えという命令か?」
「そういう言い方するんでしたらそうします」

 そんなわけで、2人の生徒を前に作り方の説明が始まった。

「ポフィン作りで大事なのは、生地をかき混ぜるスピードとタイミングです」

 まずは先生によるお手本から。
 最初のうち、スープの時は、こぼさないようにゆっくりと。
 少し固まってきたら徐々にスピードを上げていって、最後は一気に回す。
 リスタはメモを取る手を休めない。目がマジだ。カフェにいる時の疲れ切ったオーラは一体どこ行ったんだろ。

「それでは、実際に作ってみましょうか」
「えーと……材料の木の実はどうします?」
「おふたりがそれぞれ食べさせたいと思うものをどうぞ。ポケモン達の好みはみんな違いますから」

 籠に山盛りの木の実から、思い思いにいくつか手にとって、鍋の中へ。
 かき混ぜる手つきが微妙に危なっかしいリスタを見てられなくなったか、すぐ先生がサポートに入る。
 焦げる、もっと早く。あーあー、こぼれちゃう。あれ、今鍋が揺れなかった?

 隣を見ると、意外にもS氏の方が手際よく進めていた。何でもありの規格外アンドロイドは料理もいけるのか。

「……な、なんとか、形になってきましたね。もう一息!」

 奮闘すること30分。
 黒焦げになったものをよりわけて、どうにか全員に行き渡る数になったポフィンが、皿の上に積まれた。
 まず僕らポケモン達が呼ばれて1個ずつもらった。それから先生と生徒2人が1個ずつ。

「さあ、いただきましょう」
「いただきます……」

 ぱくっ。
 もぐもぐ……

 一瞬気が遠のきそうになった。
 ごめん。消し炭じゃないから油断してたけど、これマズイよ。苦いよ苦すぎる。
 当のリスタはあんまり表情変わってない。つまり失敗したワケじゃないみたい。先生も何だか苦笑いしてるけどどこか納得してる表情だった。僕らの中にこの手の味が好みのがいるんだろうとか思ってるんだろうな。

 足元では、舌を出してげんなりした顔してるナイツがもう1個の方を食べるところだった。
 きれいな焼き色は一見完璧。でも地の色から既に赤っぽいのが気になる、と思ったら、

「……〜〜辛ぁぁぁっ!?」

 僕の目の前を横切った火炎放射は幻視だったのかな。




 その夜の食卓には、リスタが家に帰ってから作り直したらしい大量のポフィンが真ん中に積まれていた。
 早く習得しようと躍起になって練習して、時間も作った量も忘れた結果。初めてポロックを作った時もそうだったらしい。何やってんだか。
 僕が好きな味もちゃんと入ってた。でもそればっかり食べてたら怒られた。何でだろう。


 ちなみにS氏は作ったポフィンを袋に詰めて、リスタに渡さずにどっかへ持っていってた。
 誰かにあげたって話を後で聞いたけど詳しくは知らない。
 ……その日の夜、いつも以上に不機嫌だったことと関係があるのかどうかも、分からない。

 まあ、爆発した怒りの矛先は全部ナイツに向いてくれたから良かったけど。



後にサーリグと呼ばれるようになる男、通称S氏が一時期ポフィンを持ち歩いていた理由。
お腹を空かせた迷子の犬に与えるためだったという噂は本当なの?

(ちなみに「旦那様」発言は、この件の少し前にカフェで誰かがつぶやいた言葉が元になっている。
 人気投票のコンビ部門でもランクインしているこの二人。端から見れば良き相棒?)

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