「それでね、何て言ったと思う?」
ファミレスの窓際のテーブルを占拠すること早3時間。
一向に立ち去る気配のない僕らを、他の客はともかく、店員達はどう思っているんだろう。
「本人が来てないからこの話はなかったことにーだって。ひどいでしょ、人のこと散々待たせといて!」
居座り続ける理由はもっぱら、僕と向かい合って座る彼女にある。
彼女は店に来てから、注文したコーヒーとセットのケーキに手を伸ばした他はずっと、
とりとめのない話題や率直に思ったことなどを延々と喋り続けていた。
息継ぎ以外に切れ目はない。ひたすら自分一人のトークを展開しているのだ。
「無理やり住所聞き出してその人の家に乗り込んでやろうかと思ったわ、さすがにやめたけど……」
ふたりでいる時の彼女はいつでもこの調子だ。
といってもそれは最近になってからのことで、知り合った時はこうじゃなかった。
むしろ逆。
無口で大人しくて、怯えるように縮こまっている子、というのが第一印象。
そりゃ顔は可愛いし服のセンスはあるけど、何というか、その落ち着かない様子がとにかく気になった。
いつだったか、何かのきっかけで初めてふたりきりになった時、彼女はずっと黙っていた。
そのまま静まりかえってしまうのがなんとなく嫌で、しばらくはなんとか間を持たそうと僕が喋っていたけど、
絶えず目を泳がせる彼女に耐えられなくなって、思わず言ってしまった。
「……このまま僕が喋っててもいいんだけどさ。僕は君の話が聞きたい」
確かそんな感じの、結構冷たいことを言った気がする。
直後にはもしかしたら彼女を傷つけてしまったかとも思った。
でもそれは杞憂に終わった。
彼女ははっと目が覚めた顔で、小さく「ごめんなさい」と言った後、話し始めたのだ。
僕を見ていて思ったこと。
つらい事がいろいろあって、不安でしょうがなかったこと。
最初は慎重に言葉を選んで途切れ途切れに話していたけど、僕が真剣に聞いてくれていると気づいたのか、
会うたびに話す速度も内容もどんどん増えていった。
彼女の顔色と表情はみるみるうちに良くなっていった。
その代わり、僕の方が口を挟む間がなくなっていた。
他の人も一緒にいる時はそうでもないから、たまたまふたりでいるところを彼女の友達が見かけると、例外なく驚くらしい。
そして必ず、「変わったよね」って言うんだって。溜め息ついて。
「……それでね、良かったらチケットあげるって話になって、」
僕には彼女の気持ちが分かる。
頭の中に溜まってるモヤモヤを洪水のごとく流し去るのは非常に心地よいことで、
相手がちゃんと自分の気持ちを受け止めてくれると分かっていれば、遠慮なく心の栓を抜けるから。
「その次の日のこともあるし、ちょっと不安だしいいのかなーって思ったんだけどでも多分大丈夫だろうから」
彼女は僕のことをどう思っているだろう。
少なくとも単なる不満のはけ口でないことだけは確かだ。
そうじゃなかったらこの前みたいに、ふいに黙って、僕にすがるように寄り添ったりはしないだろう。
その時とっさに彼女を抱きしめてから、僕の心は固まった。
自分のことしか言わないとはいえ「安心して話せる相手」として見られている感じ、
頼られている感じの心地よさに酔いしれてる場合じゃない。
彼女の口から絶えず紡ぎ出される幸せと安心に満ちた言葉を浴び続けて癒されてる場合じゃない。
「ね、一緒に行かない?」
今ならもう一歩、踏み出せそうな気がする。
調子よく話しているところ悪いけど、ちょっと僕の話を聞いてもらおう。
……多分、それは君の話でもあると思うから。
昨日(更新日の前日)これの冒頭を書いている途中に知り合ったNさんにこの話を捧げます。
そう、あなたですよ。