第10話 〜聖夜〜


 12月24日。クリスマス休暇の初日だというのに校舎の数ヶ所に明かりがともり、暗い校庭をわずかに照らしている。
 空全体を覆う灰色の雲から、真っ白な雪が途絶えることなく降り続いている。昔から幾度となく歌われてきた「雪の降るクリスマス」の光景が、今年は現実になった。
「暗いね……まだお昼前なのに」
 ジュンは調理室の窓から外を見た。ミトンをはめた両手で支える器の上では、焼き上がったばかりのクリスマス・プディングがいい香りを漂わせている。視界の端で何か動くものがあったので見ると、器に手をかけようとしているジーノと目があった。
「………………」
 しばらくジュンの顔とプディングを交互に見ていたジーノは、隣りにソフィアがいることに気づき、慌てて手を引っ込めた。
「そんなに待ちきれないなら、これでも飲む?」
 奥でスープの味付けをしていたティオが、ジーノを呼んだ。
「いいのぉ!? それじゃお言葉に甘えて……」
 差し出されたカップに4分の1ほど入っている赤いスープが、湯気を立てる。ジーノは少しも疑わずにそれを受け取ると、一気に飲み干した。
「うまい……」
 至福の表情を浮かべる。しかし数秒後、彼は一転して火を吐きそうな勢いで叫んだ。
「辛いよこれぇっ! 激辛だって、こんなの飲めないよ!!」
「ああ、ごめん、スパイス入れすぎたかな」
 ティオが何食わぬ顔で鍋の中をかき混ぜると、スープの色が赤から透き通った黄金色に変わった。
「君ぃ、まさか……わざと混ぜる前のを……?」
「さあね」
 ここにいてもろくな事がなさそうだ。そう考えたジーノはコップ2杯分の水を飲んでから、調理室を出ていった。
「これ、焼いた分、どこに置いとけばいい?」
「それは……あの机の上」
 調理室にいる子供達の中で1人だけ性別の違うティオが、まるで先生のようにその場を仕切っている。 普段の調理実習と違い、本物の先生は隅で見守るだけで口出しをしてこない。
 今日はクリスマスイブ。彼らはパーティーを開く準備をしているのだ。


 天井に吊されたランプが、何もない部屋を薄暗く照らす。
 昨日までこの部屋を生活の場としていた女は、誰にも行き先を告げずにいなくなった。残されたのは鳥かごに閉じこめられた一羽のカラスと、かごを開ける鍵だけである。
「最後まで困った子ね……」
 ホコリを被ったランプを見上げ、クリスは1人つぶやいた。任務を放棄し逃走した裏切り者。今やそう言われるようになった元同僚の行方を、彼は知らない。かごの中の鳥も知らないらしい。
「どうしましょう……次はアタシが妖精に振り回される番なのかしら……」
 突然、足下に置いたかごがカタカタと揺れた。かごの鳥はどうやら自由を求めているようだ。
「そうねぇ……アンタがやったこともそろそろ時効だし……分かった、出してあげる」
 クリスは目を細め、床に落ちていた灰色の鍵で鳥かごの戸を開けた。同時に鳥は黒い風となって飛び出し、しばらく天井近くを旋回した後、部屋の入口近くに静かに着地した。そして放り投げられた鍵が床に落ちる前にそれをくわえ、爪とくちばしを器用に使って真っ二つに折った。
「これで望みは叶ったわね。さあ、好きなところへお行き。うるさい見張りはもういないんだから」
 開け放しの扉から外へ出た黒い影は、まもなく暗闇に紛れて消えた。クリスは一部始終を見届けてから、誰にともなく一言、
「……できれば、アタシの仕事を代わってくれると嬉しいんだけどね」


 教室の壁際に寄せた机に料理が並び、中央には大きなツリーが置かれている。その一番上に金色の星が載せられたのは、予定開始時間の3分ほど前だった。
「みゅ!」
「よし、降りてきていいよ」
 存在がばれてから約半月。最初は緊張と戸惑いの中にいたものの、今やすっかりクラスメートの一員としてなじんでしまったチェリーは、空を飛べるという理由からこの星を飾る大役をもらった。
 彼女は役目を果たすと、距離を置いてから改めてツリーを見た。約1時間前に運び込まれたときはただの木だったのに、今ではクリスマスツリーとして立派に飾られている。木の下には参加者が持ち寄ったプレゼントの箱が山積みになっていた。
「きれーい……」
 自分が「灯火」と呼ばれるからなのか、チェリーは光るものが大好きだ。この日もティオと一緒に教室に来てからずっと、木のそばを離れようとしなかった。しかし、
「そろそろ始まるから。ほら、ここにいたら邪魔になるよ」
 ティオがやってきて、無理やり引き離されてしまった。
 数分後。ツリーの前に立ったジーノの合図で一斉にクラッカーが鳴らされ、招待されてやってきた数人の先生を驚かせた。
「メリークリスマス!」
 乾杯と共に挨拶が交わされる。
 それから歓談が始まった。少しして、レイが箱を持ってきた。
「みんなに持ってきてもらったプレゼントを誰がもらうか、くじ引きで決めるから1人ずつ引いてよ。それで、同じ番号のついたプレゼントを持っていく。間違えないでね」
 参加者は近くにいた人から順番に箱の中に手を入れ、数字が書かれた紙を1枚ずつ引いていった。しばらくすると中身を見た人達の歓声と落胆の声で、会場はにぎやかさを増した。
「何もらった?」
「見てよ。誰が持ってきたかすぐ分かるから」
 くじを配り終えたレイがティオに話しかけると、その眼前に分厚い本が突きつけられた。よく見るとそれは参考書だった。これをプレゼントの山に紛れ込ませたと思われる先生の1人は、飲み物の入ったコップを片手にジュン達女子生徒と話している。
「せっかくの休みで宿題もないっていうのに、こんな所なんて勉強なんて思い出したくないよ」
「それは分かる。……僕のは何だろう?」
 レイは最後に残った一つの包みを開けた。中からシンプルな木製の写真立てが出てきた。
「いいなぁ、そっちの方がまともだ。交換してよ」
「ダメ。同じの持ってるから」
「みゅう?」
 生徒達同様にくじを引かせてもらえたチェリーは、自分より大きなテディベアをじっと見つめていた。どうやら手作りらしく、サンタクロースをモチーフにした赤い服を着ている。ぬいぐるみとお揃いの格好をしている妖精も、ピンクの髪に赤がよく似合っていた。


 約30分後。
 力作の料理が振る舞われる横で、ジーノが持参したギターを片手に歌い始めた。それだけならいいのだが、彼の友達が一緒になってコーラスを始めた途端に音楽は聞き苦しいものになってしまった。失笑ともとれる笑い声がそこかしこで聞こえるが、歌い手は大して気にしていないようだ。
「ホワイトクリスマスかぁ……」
 またも窓際に立っているジュンは薄暗い空を見て、隣にいる友達のベルに話しかけた。
「今頃どっかでデートしてる人がきっといるんだよ……いいよねぇ。そう思わない?」
「そうですね。私達が経験するのはもう少し先だと思いますが、いい思い出になるでしょうね」
「できれば来年のクリスマスがいいんだけど。彼氏欲しい……」
 オレンジジュースの入ったコップを窓枠の上に置き、2人は窓の外に広がる白い世界を眺めた。とりとめのない会話をしながらも、話す相手の姿は視界に入っていない。ぼんやり何かを考えながら話すうちに、ベルが家々の向こうから飛来する何かに気づいた。
「ジュンさん、あれ、見てください」
 先にソフィアが反応した。指名されたジュンも遅れて首を動かした。
「何あれ?」
 雪が舞う空を飛んでいるのは、どこかで見たような──空中を"走って"くる何か。近づくにつれ輪郭がはっきりし、同時に驚きの気持ちが強くなった。
 トナカイに引かれたそり。どう見てもそうとしか思えない。
「……マジで……!?」
 数分後、そりは教室のちょうど真横に止まった。トナカイは宙に浮いたままで、そりの中には大きな袋。その隣にいるのは1人の男。白いボアで縁取った赤い服、同じデザインの帽子、顔を覆い隠す白いひげ……まさにサンタクロースと呼ぶ他にない格好だった。
 鍵をかけていたはずの窓が突然ひとりでに開き、男は袋を担いで入ってきた。
「メリークリスマス。なんか面白そうなことやってるな」
「この声!! まさか……」
 聞いたことのない声に皆が戸惑う中、ティオは足早にサンタクロースに近づき、ひげと帽子をむしり取った。止めようとする人もいたが、少なくとも彼が本物ではないことは全員が承知していた。何しろ、クリスマス当日までにはまだ半日あるのだから。
「……リゲル。呼んだ覚えないのに、どうして僕達がここにいるって分かったんだよ」
「秘密。今はそんなこと関係ないし」
 帽子の中に詰め込んでいた緑色の三つ編みが、重力に従って頭から滑り落ちた。リゲルは袋を肩から下ろすと一度そりに戻り、何かを抱えてもう一度教室に入ってきた。
 オレンジの髪と白いスーツが目立つ女性、それは──この前までチェリーを追い回していたはずの人物、ダイアナだった。
「オバサン……生きてたんだ」
 適当な場所が他にないのでツリーの下に横たえられた彼女は、気絶しているが息はあった。チェリーのことが皆に知られたあの日、魔物と一緒に消し去ったものと思っていただけに、ティオは心の底から驚きの声をあげた。そこへジュンが口を挟んだ。
「ねえ、この人達知り合いなの?」
「うん……一応」
 細かいことはともかく、「知り合い」であることには違いない。他に表現が見つからないこともあって、曖昧な答え方しかできなかった。その後にわずかな沈黙が続く。
「みゅ?」
 しばらくして、突然チェリーがいつもの甲高い声をあげた。他の生徒達が中断したパーティーを再開させ、にぎやかさが戻った中でダイアナが目を覚ましたのだ。
「……ここは……?」
「動くな」
 リゲルは体を起こそうとしたダイアナを押さえつけた。
「顔色悪いし、大人しくしてた方がいい。お前がこいつ目当てで来たんだとしても、今は一時休戦だ。覚えてるか? お前、あのそりに乗ったまま気絶してたんだぞ」
「あれ……リゲルのじゃないんだ?」
「俺はこいつを助けるついでに、ここまで乗せてもらっただけ。この格好なら怪しまれないだろ?」
「……でも、空飛んでたら、逆に目立つと思うんだけど……」
「わるいひと? いない。こわいの、ないよ」
「え?」
 突然そんなことを言われ、リゲルの説明にあきれていたティオは思わずチェリーに聞き返した。彼女はもう一度同じ事を言った。どうやら、魔物はいないと言いたいらしい。
「つまり今回はチェリーちゃんを奪いに来たんじゃないってことか……」
 ダイアナはレイの言葉に同意するようにうなずいた。そして、
「……助けて……あなた達だけが、頼りなのよ……」
 彼女の近くでその言葉を聞いた者全員が、顔を見合わせた。


 敵の敵は味方?それともやっぱり敵?


 ギターを片づけるために席を外していたジーノが戻ってきたとき、彼はツリーの周辺で起こったことを何一つ知らなかった。そして、誰かが自分についてきたことにも気づかなかった。
「ただいまぁ……ん? みんなどうしたの、深刻な顔して」
 ツリーの下に寝かされているは青白い顔をした、見知らぬ女の人。後ずさりするサンタ服の男。皆の視線が、特にソフィアの冷たい視線が、ジーノの顔に突き刺さる。正確には、彼の真後ろに。
「何? 何がそんなにおかし……」
 そこで言葉が止まった。彼の後ろに立っていた若い男が、前に進み出たのだ。
 菜の花色の短い髪、背中には揚羽蝶の羽。手にした細身の剣が生徒達の顔を鈍く映す。
「みゅうっ!」
 チェリーがティオの後ろに隠れた。明らかに恐れと嫌悪を感じている。
「お前……何しに来たんだ!」
 後方でリゲルが声をあげた。その表情にはいつもの余裕がない。どうやら彼らは顔見知り──それも決して良い仲ではないらしい。
「安心しろ、貴様に用はない」
 男の声は氷のように冷たく、鋭いものだった。
「私はただ命じられて来ただけだ。そこの裏切り者の首を取れ、とな」
「裏切り……このお姉さんのこと?」
 ジュンが聞き返した。彼女は妖精をめぐる事情の大半をティオ達から聞いていたが、話の中ではこのダイアナという女性は「敵の刺客の1人」でしかなかった。そんな人が一体何をしでかしたのか、もちろん想像がつくはずがない。
「何てことだ……これが明るみに出たら大変なことになる……」
 子供達よりさらに慌て、戸惑ったのは先生だった。相次ぐ部外者の乱入(特に害はないのだが)、さらにこの化け物が女の首を切れば殺人事件になる。監督責任を問われるのは、この場に呼ばれた自分達。不況の中、経費を削りたがっている学校上層部は、喜んで辞表を受け取ることだろう。
「大人しくそいつを渡せばいいのだ。他の人間共に手を出したりはしない」
 男は剣を軽く振り、その刃先をダイアナに向けた。両手を上げたままカニ歩きで逃げようとするジーノには目もくれない。
「従うつもりはない、か。それならこちらから行くぞ」
 刃先を突き立てると同時に、フローリングの床がわずかに波打ったように見えた。最初は誰もが何のつもりかと疑ったが、答えはすぐに見つかった。ワックスがけされた床の一部が盛り上がり、緑色の蔓が何本も現れたのだ。蔓は意志を持ったようにダイアナに襲いかかり、絡みついて動けないようにした。
(こいつ、一体何考えてるんだ……!?)
 今まで常識外れの技で敵を打ち破ってきたティオも、これにはただ驚くしかなかった。
 助けて。ダイアナが声にならない悲鳴を上げる。歩み寄る男。獲物を狙う狩人の目。標的は抵抗する手段を奪われ、どうすることもできない。
「もう逃げる必要はない、今楽にしてやろう……」
「待て」
 声と同時に、剣に何かが当たって高い金属音をたてた。銀色のスプーンが床に落ちてわずかに跳ねる。
 男は一度手を止め、スプーンを睨むともう一度剣を床に当てた。倍の数の蔓が、処刑を妨害した人物を即座に縛り上げた。
「貴様……こいつは灯火の敵だろう? 同情する筋合いなどないはずだ」
 紫色のオーラをまとったリゲルが、男をにらみつけていた。その周囲を無数のフォークが漂っている。
「そんなの今は関係ない。俺はな、この場の雰囲気をお前がぶち壊したことが気に入らない、ただそれだけだ。今すぐここから出て行け」
「偉そうに何を言う、己の正体も知らないくせに。余計なことに首を突っ込むと痛い目に遭う。それくらい分かっているはずだ。命が惜しかったら大人しく引き下がれ」
「誰が下がるか! 他の奴には手を出さないんじゃなかったのか? そっちの事情なんて知らないけどな、どう見ても偉そうにしてるのはお前の方だ」
「………………」
 ティオは何とかしてこの緊張を解消しようと思ったが、明らかに普通の人間でない2人の間には割り込めそうになかった。物を浮遊させる能力を以前にも見たのは思い出せたが、それを止める方法が分からない。
「みゅ……」
 最初から嫌な雰囲気を感じ取ったチェリーは、不快感を全身で表現していた。レイが彼女を自分の方へ招き寄せ、指で頭をなでながら首を振る。裏切るということ、それに対する仕打ち。幼い妖精に教えるには難しく、そして惨すぎると判断して、レイはあえて何も言わなかった。
 1分近くにらみ合いが続いた後、ついに男が口を開いた。
「……ああ、そうか。まだあの時のことが、忘れられないのか」
 言い終わる前に、フォークが弾丸の速さで飛んできた。数本は男の剣によって叩き落とされたが、残りは羽を突き抜けて壁に刺さった。羽からはがれ落ちた鱗粉が、輝きながら空中に散る。
「もう一度だけ言う。今すぐ俺の前から消えろ」
 リゲルの言葉は冷たかったが、その顔には冷酷というよりは何か別の感情が宿っているように見えた。彼はティオを横目で見て、こう付け加えた。
「悪かったな、お前達の大事な日を台無しにして。……本当の用事が終わったらすぐ帰るから」
 そして再び厳しい顔に戻った。
 男はしばらく何か言いたそうにしていたが、やめにしたらしい。無数の風穴が空いた羽をひるがえし、不機嫌そうな表情で出ていった。蔓は溶けて床に吸い込まれ、2人分の束縛が解かれた。


 「面白いことになってきたね」
 校庭の隅に植えられた木のてっぺんに、大小2つの影が座っていた。一つは鳥のようで、もう一つは人間と思われる。薄暗い空の下、彼らは唯一明かりのともった教室を見ていた。
「やっぱり自由っていいよね。アマーロ、ずっとこき使われて大変だったでしょ」
 少年の声に鳥がうなずく。真っ黒な体に真っ白な雪が積もった姿が、なんとなく滑稽だ。薬草酒(アマーロ)という似合わない名前のカラスは寒さに耐えられなくなったらしく、少年がまとう黒マントの中に潜り込んだ。
「いいなぁ、みんな楽しそう……僕も一緒に遊びたいな」
 謎の少年が見ている前で、教室の横に停車(?)していたそりが夜空の彼方へ去ろうととしていた。


 クリスマスらしくない事件に巻き込まれた一同は、荒らされた教室を片づけた後すぐに解散を決め、それぞれの家路についた。その手には友人や先生からの贈り物の他に、真っ白なリボンがかけられた箱があった。リゲルが担いできた袋の中から次々取り出して配った物である。
「これは追いつめられたときに使え。それまでは絶対に開けるな」
 その言葉と共にティオが受け取ったのは、皆がもらった物の中で一番小さな正方形の箱だった。
「あんなこと言われたら、余計開けたくなるんだけど……」
 ティオは何度もリボンの端に手をかけ、その度に忠告を思い出して手を引っ込めていた。
 隣を歩いているレイもまだ箱を開けていない。特に何も言われていないのだが、家に帰ってからの楽しみにするという。
 彼の首に見覚えのないマフラーが巻かれていることに気づいたティオは、それとなく聞いてみた。
「これ? ベルにもらったんだ」
 すぐに返答が来た。何だか嬉しそうだ。
「さっきティオが来るのを待ってる間にね。すぐ帰っちゃったからお礼言えなかったな……後で電話しないと」
 際限なく降る雪が、彼らの傘を白く塗りつぶしていく。


 その頃、別の道を行くジュンとベルも同じ空を見ていた。
「なんにも言わなかったの!? せっかくのチャンスだったのに……」
「……何だか……緊張してしまって……」
「新学期まで会えないかもしれないのに? どうするのよ!」
 一方的にわめくジュンの声は、ほとんどベルの耳には入っていなかった。彼女は踏み固められた雪で足を滑らせるまで、ずっと上の空の状態で歩いていたのだ。
 転んだ後はジュンに一言だけ残し、足早に去っていった。
「私が編んだマフラーを持っていてくださる、それだけで嬉しいんです。……では、よいお年を」
 ジュンはその場に立ちつくしたままベルを見送り、また、彼女の足取りの軽さに驚いた。
(今、笑ってた……本当にあれでいいのかなぁ……)


 雪はやみそうにない。全てを白一色に変えていく───


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